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『予(よ)が骨肉に お千をすてて外(ほか)になし』
森長可




『森家先代実録』にある一文です。
私の判断で読みやすいように原文に送り仮名や読み仮名を施しています。

 本能寺の変で主君・織田信長、信忠父子と三人の兄弟と信濃四郡の領土を失った森長可ですが、その後は本領の美濃金山に戻り、引き続き織田家に忠誠を誓うということで、末弟の千丸を岐阜城へ人質に出していました。

 しかし、天下の趨勢(すうせい)に伴い織田信雄と羽柴(豊臣)秀吉のどちらに味方するかの選択肢に迫られるようになります。

 森家が羽柴秀吉に味方しようとした時に、では、岐阜城に人質に出した千丸はどうするのだということになりました。家老の居並ぶ評議の場で、義理の兄弟でもある長田又左衛門が
「お千殿をば捨て給え。」
と、千丸を見殺しにするように進言したことに対して、長可の放ったのが上の言葉です。

『可成君御討死、引き続きお蘭とお坊、お力、三人まで討死して日々母公の御目乾くことなし。其上(そのうえ)予が骨肉にお千をすてて他になし。秀吉公に一味して、縦(たとえ)何程(なにほど)立身するとも、一人の弟を捨て殺さん事、母公への不孝といひ、更に心得がたし』

 絶対に承服しない森長可。
結果として、長可にとっては叔父である林為忠が一計を案じて岐阜城へ行き、岐阜城の櫓から千丸を下の布団にダイブさせて奪取して金山に連れて戻ってきます。
 長可は大喜びで千丸の手を取って母に「お千を進ずる」と引き渡しました。
そして、秀吉に味方することを決定しました。
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04/22|もり語録コメント(0)トラックバック(0)TOP↑
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いつか戦国武将・森長可の騎馬像を鋳造するのが夢です。

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