大昔に購入したプレジデント誌を読みなおしていたら、私にとって初めて見るような話が書いてあったので自分用のメモでここに貼っておくことにします。
Σ(゜□゜;



以下、『プレジデント1992年2月号』
「信玄と謙信(作家:小林久三)」”森蘭丸の本当の役割とは”から引用


 信長の資金源はおそらく濃飛一帯の金山であったのだろう。本能寺の変で、信長に殉じた森蘭丸は美濃金山の城主であった。濃飛両国の境に位置する美濃金山は、古代から金を産出していたことは、「延喜式」にも記されている。また乗鞍岳も古名は阿宝山(あわやま)と称し、鉄、金銀の産地だった。
 江戸中期に、古代からの産鉄の方法やしきたりを、みずからタタラ作業に従事した体験とともに、「鉄山秘書」を書いた下原重仲は、森蘭丸の弟で、津山藩主だった森忠政の孫の系列に属する人物である。
 森氏は、産鉄・金工族とみられ、森聞丸は信長の産金を担当するとともに、鉄を管理していたともみられ、その意味では、彼を信長の単なる寵童とする見方は、修正する必要があるだろう。甲斐や越後の産金量の情報を捕捉して、信玄や謙信を、信長の最大のライバルとしたのは、もしかすると森蘭丸かもしれない。
(以上、引用終了)



当時の美濃金山を含む濃飛一帯って織田信長を潤すほどにゴールドラッシュだったの(初耳)?
森蘭丸は美濃金山の城主…って言いきられてるし、森氏は産鉄・金工族とはどこから出てきた話し(初耳)?
蘭丸が鉄を管理?!アイアム・アイアンマン?
下原重仲が津山藩主だった森忠政の孫の系列に属する人物(初耳)?

私が無知なだけかも知れませんが、森家やその周辺の記録にはまったくない話しだと思いますし、ここに出された内容の根拠に見当がつきませんでした。いや、本当に私が無知なだけなのかも知れませんけど…。
「延喜式」に美濃金山が金の産出地だったという記述があるのかも含めて、いつか時間がある時に調べてみたいと思います…ご本人に確認できれば一番ですが、これを書かれた小林さんは既に故人なんですね(涙)。

ああ、森蘭丸は今日も砂浜で磁石をひきずって砂鉄採り…(変な想像)。


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07/31|雑記コメント(0)TOP↑
岐阜県可児市兼山の和菓子屋さん『梅園』さんで昔売っていた和菓子『森三左衛門可成』のパッケージです(今は取り扱っていないと思います)。
栗ようかんだったかな?
白肌美人の森可成公パッケージとなっております。
一緒に描かれているお城はやはり金山城なのでしょうか?






07/28|雑記コメント(0)TOP↑
これもずいぶん以前のものですが、可児市の観光パンフレット(無料配布)に『武蔵が淵』の民話が載っていたので大事に取っていました。


可児市観光協会発行観光パンフレット『歴史が息づくみどりの街 心のふれあう住みよい街 可児』より引用~



可児の民話武蔵が淵

 むかし、沢渡あたりの可児川のそばで『恵土の華』という、評判の酒を造って売る店があった。酒屋の前は尾張へ抜ける栗栖街道で、人の往来も多かったということや。
 ある時、身なりも立派な侍が酒を買いにきたが、そのとっくりは百姓たちが使っておる安物やった。銭もさびて、しめっぽかった。
 それからは毎日のように酒を買いに来た。ある日、さしだしたとっくりは泥でうすよごれとった。奥で洗うふりをしてみると、底にも泥がたまっとるやないか。ふしんに思い、奥で酒造りをしておる男にあとをつけさせた。あとをつけられているとも知らず、どんどん行くうち森の中へ入ったと思ったとたん、姿がみえんようになった。この森の先は、可児川でも一番深て、いつも静まりかえっておる淵やった。やがてその淵のあたりで、
「ドボーン!」
と、大きな音がしたもんで走ってってみると、それはそれは大きなトチが淵の底へ沈んでいくとこやった。
まっ青になった男は、やっとの思いで店へかえり、主人に報告すると、高熱を出(だ)いて寝こんでまった。主人は、
「そうや、あのとっくりは百姓たちが水神様へそなえる、おみきつぼやし、銭はおさい銭にちがいないわ」
 あの侍は、それっきり酒を買いにこなんだ。が、そのうちみょうなうわさがたった。
「水神様の淵にはなあ、タライほどもある大きなトチがおって、酒をもった人が通ると、しらんうちに淵の中へ引っぱりこまれて、二度と出てこれんようになると!」
 こうなると、酒は売れんし、人どおりもないしで、街道はさみしなってまった。
 ある日、兼山城の森武蔵守のけらいで、見回りの役人がやってきて
「水神様の淵に、大きなトチが出てわるいことをするという、みょうなうわさをきいたが」
「はい、おかげでこのとおりなさみしさです」
 あくる日、その役人は二人のけらいをつれてきた。酒屋に酒の用意をさせ、トチ退治に出かけた。
 酒つぼを持って淵のあたりまでいくと、静まりかえった水面が、とつぜん動きだいて、ふらふらと川のほうへ引き寄せられそうになったもんで、あわてて、酒つぼを川の中へ投げてみると、とてつもなく大きなトチが、酒つぼめがけて、浮きあがってきたんや。
「よし!」
と、役人は大きなかけ声とともに、川へ飛びこんだ、と思ったら、もうトチの首を切り落としておった。ふしぎなことに熱を出(だ)いて寝とった男も元気になり、この淵のことを『武蔵が淵』と呼ぶようになった。『恵土の華』も、前よりもよう売れるようになったというこっちゃ。



『武蔵が淵』のお話は、これ以外のパターンもあります。
07/27|森家コメント(0)TOP↑
20140706

 かれこれ10年以上前に兼山(岐阜県可児市)の和菓子屋さん(梅園さん)で購入した『森武蔵あめ』のラベルです。

『森武蔵あめ』本体は、たしかナッツ入りの茶色い飴だったような気がしますが、10年以上前のことなので記憶ミスで嘘を書いてるかもしれません。とりあえず、美味しかったです。

今はもう販売していないので、残念です。
飴を1個くらい食べずにとっておけばよかったのですが…。




07/06|雑記コメント(0)TOP↑
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戦国に生きた森一族が大好きです。
いつか戦国武将・森長可の騎馬像を鋳造するのが夢です。

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