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羽紋屋 ぎんかざりシリーズ ペーパークリップ 森蘭丸
《5月下旬発売予定 暫定予約》



ペーパークリップも発売されるようですね。
リンク先のショップは前回のブログでご紹介したネックレスとピアスのリンク先とは別のショップですが、このショップでもネックレスとピアスのお取り扱い(現在は予約受付)があるようです。
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羽紋屋 ぎんかざりシリーズ ネックレス 19.森蘭丸
《06月予約》



6月下旬に発売予定だそうです。
これは、買いですね。

ピアスもありました。私はピアス開けてないのでダメだ…。

羽紋屋 ぎんかざりシリーズ ピアス 19.森蘭丸[まさめや]
《06月予約》

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 『長野の山城ベスト50を歩く』を、ようやく入手しました。
森長可と忠政が一時期は信濃の領土を治めたということで、長野県にも様々な森家史跡が残っています。
私が知らない情報がこの本にあればなぁ、と思って読んでみましたが、初めて知ったものとしては、『矢筒城(上水内郡)』が、森長可と対峙するための上杉軍の進駐基地となったことですかね。
解説は歴史上のことよりも城の構造のほうに重きを置いているのは仕方ないのですが、交通アクセスや縄張図も掲載してあって、長野の城巡りにはとても便利です。


今、私が思いつく長野県の森家関連のお城をリストアップしてみました。



 長野県の森家関連のお城 

矢筒城(上水内郡飯綱町):森長可と対峙した上杉軍が進駐

大倉城(長野市豊野町大倉):長可に反抗した一揆軍が立て篭もり、長可に落城させられた。

葛尾城(埴科郡坂城町):村上義清の城を、森忠政が海津入の際に改修。

丸子城(上田市上丸子):徳川方(森忠政も含む)が攻撃した真田方の城。

福島城(木曽郡木曽町福島):木曽義昌の居城。長可が信濃を撤退時に義昌に暗殺されそうになったので、逆に森長可が義昌の元をわざと訪問して義昌の息子を拉致。金山城に無事帰還した。

飯山城(飯山市飯山):長可が林長兵衛為忠に与えた城。

松代城(長野市松代町):旧・海津城。森長可と森忠政の居城。”松代”の命名は森忠政。

牧之島城(長野市信州新町):森家が信州に入って家臣を置いた城。

上田城(上田市二の丸):森忠政も従軍した徳川秀忠軍が、真田氏の上田城を攻撃した。

小諸城(小諸市丁):徳川秀忠は関ケ原に向かう時に、上田の押さえとして森忠政を小諸城に残してきた。

高遠城(伊那市高遠町):武田攻めで森長可含む織田軍が攻め落とした。

大島城(下伊那郡松川町):武田攻めに従軍した森長可が攻撃(その時には敵は撤退済み)

飯田城(飯田市追手町):武田攻めで森長可含む織田軍が攻撃。

長沼城(長野市穂保):森家が信州に入った時に家老の各務兵庫元正に与えられた城。



 
 リストの最後にある長沼城以外は『長野の山城ベスト50を歩く』にも掲載してありました。若干、森家にも触れてくれています。

 まだこの他にも信濃経営のために森家が手出しした城、関わった城はあると思います。
引き続き、もっと調べてみます。
05/12|森家コメント(0)トラックバック(0)TOP↑
20130405.jpg

 今はもうどうやら終売の『虹色かがり火マウス「森蘭丸」』です。
鶴ちゃんが虹色に輝く様子をiPhoneで動画撮影してみましたので、興味がある方はご覧下さい。
ただ、それだけです…(;´д`)
…すみません。
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『明智が者と見え申し候』 森乱



 太田牛一の『信長公記』にある『信長公本能寺にて御腹めされ候事』の場面に登場する森蘭丸のセリフです。
『信長公記』では森蘭丸のことは『森乱』と表記されています。

 本能寺を取り巻いて四方から乱れいる明智軍。
その騒がしさを当初は信長もお小姓衆も、下々の者がケンカでもおっぱじめたのかと思いきや、ついには鬨の声があがり、御殿に鉄砲が撃ち込まれます。

信長:『これは謀反か、いかなる者の企てぞ』
森乱:『明智が者と見え申し候』


そしてかの有名な織田信長のセリフ
信長:『是非に及ばず』
が発せられるのです。



是れは謀叛か、如何なる者の企てぞと御諚のところに、森乱申す様に、明智が者と見え申し候と、言上候へば、是非に及ばずと上意候。透をあらせず、御殿へ乗り入れ、面御堂の御番衆も御殿へ一手になられ候。
(※『改訂 信長公記』桑田忠親/新人物往来社を引用)
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時刻到来 『信長公記』より





『信長公記』から蘭丸の言葉を引用しようと思ったのですが、先に『時刻到来』という単語を思いついてしまいました。これは、森一族の誰かのセリフによる「もり語録」ではありませんが、個人的興味で追加させてください。

太田牛一の記した『信長公記』は、織田信長のことを知る格好の史料ですが、その文章の中には牛一の抱く仏教思想も漂い、人が死ぬ場面になると「時刻到来」という記述が出てきます。

いかに栄華を誇った英雄でも天の定めた「時刻が到来」すれば死ななきゃならないようです。

織田信長もその例外ではありません。
光秀軍の本能寺襲来に対しては、信長公自らも弓を携えて戦っていたけれども、『時刻到来候て』___。
この世から離れなくてはならない合図であるかのように、信長が手にしていた弓の弦がブツリと切れてしまったのです。


『信長、初めには御弓を取り合ひ、二、三つ遊ばし候へば、何れも時刻到来候て、御弓の絃切れ、其の後、御鎗にて御戦ひなされ、御肘に鎗疵を被り、引き退き、是れまで御そばに女どもつきそひて居り申し候を、女はくるしからず、急ぎ罷り出でよ、と仰せられ、追ひ出させられ、既に御殿に火を懸け、焼け来たり候、御姿を御見せあるまじきとおぼしめされ候か、殿中奥深く入り給ひ、内よりも御南戸の口を引き立て、無情に御腹めされ
『改訂 信長公記』桑田忠親/新人物往来社を引用)

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戦国に生きた森一族が大好きです。
いつか戦国武将・森長可の騎馬像を鋳造するのが夢です。

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