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《追記》
今日、サンクス二軒回って無事に購入できました。ひと安心。

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『予(よ)が骨肉に お千をすてて外(ほか)になし』
森長可




『森家先代実録』にある一文です。
私の判断で読みやすいように原文に送り仮名や読み仮名を施しています。

 本能寺の変で主君・織田信長、信忠父子と三人の兄弟と信濃四郡の領土を失った森長可ですが、その後は本領の美濃金山に戻り、引き続き織田家に忠誠を誓うということで、末弟の千丸を岐阜城へ人質に出していました。

 しかし、天下の趨勢(すうせい)に伴い織田信雄と羽柴(豊臣)秀吉のどちらに味方するかの選択肢に迫られるようになります。

 森家が羽柴秀吉に味方しようとした時に、では、岐阜城に人質に出した千丸はどうするのだということになりました。家老の居並ぶ評議の場で、義理の兄弟でもある長田又左衛門が
「お千殿をば捨て給え。」
と、千丸を見殺しにするように進言したことに対して、長可の放ったのが上の言葉です。

『可成君御討死、引き続きお蘭とお坊、お力、三人まで討死して日々母公の御目乾くことなし。其上(そのうえ)予が骨肉にお千をすてて他になし。秀吉公に一味して、縦(たとえ)何程(なにほど)立身するとも、一人の弟を捨て殺さん事、母公への不孝といひ、更に心得がたし』

 絶対に承服しない森長可。
結果として、長可にとっては叔父である林為忠が一計を案じて岐阜城へ行き、岐阜城の櫓から千丸を下の布団にダイブさせて奪取して金山に連れて戻ってきます。
 長可は大喜びで千丸の手を取って母に「お千を進ずる」と引き渡しました。
そして、秀吉に味方することを決定しました。
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 兼山の新キャラクター「らんまる」のシールをいただきました。
去年(2012年)の兼山の蘭丸武者行列イベントで配布されていたものです。
この”らんまる”パターンは何種類かあって、具足をつけていないものもあります。
かわいいですね

ちなみに、シールに書かれた「らんまる」のネームについて
『「ら」の字のお魚は何ですか?』
と蘭丸プロジェクツのスタッフさんにお尋ねしたところ

「魚じゃなくて、蓮の葉っぱ。」

とのことでした。
でも、皆、私と同様に「この魚は?」と聞いてこられるそうです。
モチーフになったのは、”らんまる”のかぶっている前立(兜の飾り)の蓮の葉っぱ。

さて、先行き、らんまるグッズもたくさん登場してくるのでしょうか?
楽しみですね♪(^O^)
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『頃は四月九日の事なれば、前の小丸山の躑躅(つつじ)盛りにて嶺も尾上も輝くばかりなるに、思いも寄らず小丸山の腰を廻(めぐ)りて家康公の御旗本備の先手、井伊兵部少輔直政六七千、家康公の御旗本をかけ一万ばかり押し来たる。
井伊が家は家中、武具馬具などまで皆赤備なれば山の躑躅の赤色と共に曜(かがや)き渡ければ、小丸山は皆敵の勢の様にぞみえにける。』



 桜の季節が終わってしまいましたが、今は躑躅(つつじ)が盛りです。
躑躅、それも特に真っ赤な躑躅を見ると、私が必ず思い出してしまうのが『森家先代実録』にある上記の一節です。長久手の合戦で森長可と井伊直政が対峙するシーンであります。
なお、私の判断で原文に送り仮名や読み仮名( )をほどこして読みやすくしてあります。
 
 『出し抜いたはずの敵が、なぜ戦に最善の場所を陣取ってここにいるのか。』
という森長可の強烈なショック、そしてその長可の眼前に広がっていただろう井伊の赤備え一万余騎の真っ赤な景色が、鮮やかな躑躅の色とともにフラッシュバックしてくる気がして、言い方はおかしいですが、なんとも美しいシーンに思えてしまうのです。
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『馬口労(ばくろう)は馬を能(よ)く見、鷹師は鷹を能く見、犬ずきは犬を見知り、人もまた言葉、立振廻(たちふるまい)行座に能く心を付けば、見へざる事はなからん。』
森長可




 『森家先代実録』にある森長可の含蓄のあるお言葉です。
上の文章は原文を読みやすいように私の判断でおくり仮名と読み仮名( )を施してあります。「行座」は辞書にないのですが仏教でいう歩くことと座ること、日常の立ち居ふるまいのことかなと思いました(判る方、ご教示ください)。
言葉の意味は
『馬の仲買人は馬をよく見ることができ、鷹師は鷹をよく見ることができる。犬好きは犬を見知り、人もまた言葉や立ち振る舞いによく気をつけていれば判らぬことはない。』
という感じでしょうか。
 

 ちなみに私はマンボウスキー、インコスキーです(いらない情報)。
でも、森家はもっとスキーです。
さりながら、どんなに追いかけても、森家は奥が深すぎて私にはまだまだわからないことばかり…。
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森長可遺言状 (名古屋市博物館 所蔵)

     覚

一 さわひめのつほ(沢姫壷)、秀吉様へ進上、但いま
  ハ宇治にあり、

一 たいてんもく(台天目)、秀吉様へ進上ふだ(札)にあり、

一 もしうちし(討死)に候ハゝ、此分に候、母候人ハ、かんにん
  ふん(堪忍分)秀吉様へ御もらい、京御いり
  候へく候、せん(忠政)ハ今のことく御そはに
  奉公之事

一 我々あとめくれ\/いやにて候、此城(金山城)ハ
  かなめにて候間、たしかなるものを秀吉様
  よりおかせられ候へと御申之事、

一 おんな共ハ、いそき大かき(垣)へ御越
  候へく候、

一 あしきちやのゆとうく かたな わ
  きさし、せん御とらせ候へく候、
  いつれも\/ふだのことく御とゝけ
  候へく候、ふだのほかハみなせん
  にとらせ申候、但成次第

   天正十二 三月廿六日 あさ むさし
   尾藤甚右衛門此由御申候へく候、
   留申候\/、
   又申候、京のほんなみ(本阿弥)ところに、ひ
  そう(秘蔵)のわきさし二ツ御いり候
  せんとらせ申候、尾甚御申候へく候
  おこう事、京のまち人に御とら
  せ候へく候、くすしのやうなる人に御
  しつけ(仕付)候へく候、はゝ(母)に候人ハ
  かまいて\/、京御いり候へく候
  せんこゝもとあとつき之事
  いやにて候、十まん一ツ、百万一ツ、さ
  うまけ(惣敗)なり候ハゝ、みな\/、
  ひ(火)をかけ候て御し(死)に候へく候、
  おひさにも申候、以上




\/は、畳字(「く」の字を縦長ーくしたような”くりかえし符号”です)
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 森蘭丸(乱丸)などの昔の子の名前(幼名)についている人名の「丸」は、「おまる」というお話です。


人の名に”丸”といふ字をつくる。
”まる”は不浄を入る器なり。
不浄は鬼魔のたぐひも嫌ふものなり。
されば鬼魔の類ちかづかざる心を祝して名の下につく心なり。

『消閑雑記』 岡西惟中(江戸期の文人)より引用



城や船などの大切な物の名に「丸」という字をつけたのも同じ意味合いだとか。

 出生児の死亡率が異様に高かった昔は、子供の幼名にわざと変な名前や汚らわしい名前をつけたりしました。
ポータブル便器である「おまる」に由来する「丸」もそういうことのようです。

 ちなみに今では森蘭丸と言い習わされている彼の名も、正しくは「蘭」ではなく「乱」の字で「森乱丸」でした。
乱の字には「乱暴」やら「乱心」やら、よくないイメージがあるのですが、そのよくないイメージこそが親の愛だったのでしょう(私見ですが)。

我が子が死神の餌食とならぬように、
「こいつはつまらぬ生き物なんで、どうぞお見逃しください。」
と、子供の名前に汚らわしい名前や嫌な名前をつけることでカモフラージュしていたという訳です。
古代まで遡れば「屎(くそ)」やら「尿」やらを子供の名に使っていたりします。

 織田信長も我が子に「奇妙丸」やら「茶筅丸」なんてつけてます。
これも『子供を連れて行かないで』という親としての祈りが裏にあるのです。きっと…。
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 4月1日リリースとの発表から遅れて、ようやく本日『VR安土城』がリリースされました。





『VR安土城』 (iPhone, iPad用)
https://itunes.apple.com/us/app/vr-an-tu-cheng/id626839608?l=ja&ls=1&mt=8

VR安土城は、iPhone/iPadを通して安土城が存在した時代の風景を楽しむことができます。
VR安土城が楽しめるポイントは、近江八幡市内12か所に存在します。
ポイントを訪れ、iPhone/iPadを目の前にかざしてください。



残念ながら本格的なバーチャルリアリティーは安土城跡現地に行かないと堪能できませんが、プレビューモードで浄厳院からの景色のみはエリア対象外からでも見ることができます。
思わずアイフォン持って一回転。

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さらに、サービス対象外エリアでアプリをたちあげると、安土観光協会のキャラクター「らんまる君」が画面に登場します!!

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クリックで拡大
パンフレット画像です。 

『鍵湯』:津山藩主の森忠政が森家専用とするため、一般人の入浴を禁止し、
番人を置き鍵を下ろしたことで村人から「鍵湯」と呼ばれるようになりました。

鍵湯は美作領内であった岡山県苫田郡鏡野町奥津にあります。
詳しくは湯宿『奥津荘』さんのサイトをご覧下さい。



奥津荘
http://okutsuso.com/


「鍵湯」は時間による男女入れ替え制です。
津山へお出かけの時は、奥津まで足をのばして温泉に浸ってみるのもよいのではないでしょうか。


大きな地図で見る
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うきき

Author:うきき
戦国に生きた森一族が大好きです。
いつか戦国武将・森長可の騎馬像を鋳造するのが夢です。

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