FC2ブログ
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

--/--|スポンサー広告||TOP↑
自分用メモです。
このお話は書籍で一回きりしか目にしたことがないのですよね…。



安土の亡霊

本能寺の変の際、信長は白の一重といういで立ちで鑓をふるい、明智方と戦ったが、かつて安土城が聳え立っていた滋賀県安土町の城跡などには、白の一重で鑓をふるう信長の亡霊が現れるとされる。また、城跡には白蛇が棲むとも喧伝されるが、これは本能寺の変で横死した小姓の森蘭丸長定に恋い焦がれた娘が、白蛇に化身したものとされ、信長の亡霊や白蛇を目にした者には祟りがあるという。



『別冊歴史読本82 一族シリーズ 織田一族のすべて』(新人物往来社 1998年8月27日発行)
「織田一族の伝説」より引用





スポンサーサイト
05/08|メモコメント(0)TOP↑
この記事は、以前ご紹介した逸話
蘭丸君の逸話「まん、まん」 その1 
の続きの記事になります。原文はそちらの記事でご確認ください。


現代語訳は下方にあります。
くどくどとした前置きがお嫌いな方は、下のほうまでスクロールしてご覧ください。
↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓

(くどくどとした前置き)
細かい解釈に色々ととまどってしまい、現代語訳が遅くなってしまいました。
原文の
『何(なに)となく暁の衾(ふすま)の上、宵の御枕の下ゆかしくたはれたる心にや』
『本能寺の逆乱に死を先にして名を残す』

の二か所の部分が特にわからず、どう訳したものか困っていたところです。
現役の高校教師(国語)の先輩にも教えを乞いつつ、なんとか結論を出しました。
『暁の衾の上、宵の御枕の下』という表現ですが、結局は他の文献での使用例を見つけることができませんでした。でも、言いたいことは『寝ても覚めても森蘭丸』『朝な夕な常に森蘭丸』っぽいことなのだろうというのはひしひしと感じます。
思うに当時のオサレな表現方法だったのでしょう。
あ、衾(ふすま)というのは昔スタイルの掛け布団のことでして、いわゆる部屋と部屋を仕切る建具である『襖(ふすま)』のことではありません。娘さんが襖(ふすま)を取り外して乗っかってクロールしながら「はぁあああああ、らんまるぎみ~」と、恋のサーフィンをしていた訳ではないのです。「まん」さんは、自分に芽生えた感情が「恋」という名のつくものであることをやっと自覚できたような、初々しく純粋な娘さんです。

『本能寺の逆乱に死を先にして名を残す』は、すごく単純な表現なのに解釈がわからなくて、私もふすまの上でジタバタとクロールしておりました(比喩)。
先輩によれば
「死を先にして(まず死んだことによって、その結果)名を残す」
という解釈だったので、この流れに身を任せてそのように訳すことにしました。
先輩にはお礼に源氏物語シールと仏像シールを差しあげました。(要らない情報)。

前置きが長くなってしまいましたが、現代語訳してみました。
訳がおかしいと思われる部分がございましたら、ご教示いただけるとありがたいです。
(くどくどとした前置き終了)



《訳文》
森武蔵守長可は濃州(美濃国)の金山に在城し、弟の蘭丸長定も同居している。
金山のある町人の娘が病気になり、臨終のときに密かに言う。
「恥かしいけれど最期だから申します。そうはいっても叶わぬことなのだけれど、私は蘭丸君(ぎみ)の世にも妙(たえ)なるお姿を遠くからだけども拝見して、なんとなく寝ても覚めても常にあの方が慕わしく感じられます、私は恋に浮かれる気持ちになっているのでしょうか。」
これもまた人に言わないでと言って横になる。
ちょうどその時、蘭丸は野へおいでになる道でこの事を聞いて、小鷹を手に据えてかの町人の家にお入りになり、娘が伏せっている所へ入って
「まん、まん。」
と、お呼びになれば、娘は顔を上げて息も絶え絶えに「あっ。」と答える。
蘭丸が
「早くよくなっておくれ。私は必ずお前の力になるよ。ではまたすぐに来るから。」
と言ってお帰りになると、娘はそれと同時に死んでしまったということだ。
この娘は名を『まん』と言うとのことだ。
この蘭丸長定は森三左衛門可成の次男で、十五にして信長公に仕え、その恩寵ぶりは他の者に異なった。濃州岩村五万石の城主となる。若手にして勇智があり、本能寺の逆乱で死に、それにより名を残した。


先輩:「これ、蘭丸が町娘にとどめを刺してない?」


ノン!
…これはあくまでも蘭丸の”情の深さ”を味わうべき逸話なのであります。
森蘭丸ってお人は驕(おご)ったところがまったくなく、身分が下の者に対しても本当に心優しく丁寧で、純粋な部分を持ちあわせた立派な若者なのだと、この逸話が教えてくれます。

11/25|逸話の原文(森蘭丸)コメント(0)TOP↑
蘭丸君の逸話「まん、まん」 その1 (『木村咄』より) の続き(現代語訳)を書く前に寄り道です。

今回は、前回ご紹介した古文書『木村咄』に載っていた森蘭丸の逸話を自信なくおおくりいたします。
私の力量不足で何と書いているのか判読し難いくずし字が2文字(「」「」)ありましたので、そこは赤文字にしてあります。要注意です。
間違っているかもしれないな、バーローと思いつつお読みください。


《原文》
一、忠時云、或時信長公味方郷人をして敵を謀給ふ事有、郷人敵の様子を語る、蘭丸傍ニて聞之、此郷人敵に被謀反間二なる物成へし、古老の士如何と云、蘭丸云、彼カ常に云所片言交り能物云也、敵地の様子を云処ハなまりの五音ハ一つにして言語の続ハ分明也、是もなき敵に謀を云放る所を其侭説ク物なるへし、是二心付て彼郷人を攻問へハ蘭丸さけすみに毛頭無違、信長公大に被感恩寵猶甚し、惣て蘭丸ハ智恵有て情の色深く近習の手本とも可成、名誉多き美童也




《読み下し文》
一、忠時云(い)ふ、或る時、信長公味方郷人をして敵を謀(はか)り給ふ事あり、郷人敵の様子を語る、蘭丸傍(かたわら)にてこれを聞き、此(この)郷人、敵に謀られて反間(はんかん)になる物なるべし、古老の士如何(いかん)と云ふ、蘭丸云ふ、彼が常に云ふ所片言交り能(よ)き物云(ものいい)なり、敵地の様子を云ふ処はなまりの五音は一つにして言語の続きは分明(ふんみょう)なり、是(これ)設(しつらへ)もなき敵に謀(はかりごと)を云ひ放たる所を其侭(そのまま)説く物なるべし、是に心付けて彼(か)の郷人を攻め問へば蘭丸さげすみに毛頭違い無く、信長公大いに感じられ恩寵猶(なほ)甚(はなはだ)し、惣(そうじ)て蘭丸は智恵有りて情の色深く近習の手本ともなるべし、名誉多き美童なり

《現代語訳》
斎藤忠時が言うには、
ある時、織田信長公は味方の郷人(ここでは敵地の民のこと?)を使って敵を欺きになられる事があった。郷人は敵の様子を語った。蘭丸はかたわらでこれを聞いて
『この郷人は敵に謀られて間者(スパイ)になった者に違いありません。』
と言った。
古老の武士は『どうしてだ。』と言った。
蘭丸が言った。
『あの者が普通のことを言っている部分は訛(なま)りがまじって達者なものいいです。敵地の様子をいう部分になると訛りの調子が一辺倒でありながら言語の続きははっきりとしています。これは準備もなかった敵将から謀(はかりごと)を言い放たれた部分を言われた通りの言葉のまま説明しているに違いありません。』
この言葉に配慮してその郷人を詰問すると、蘭丸の推量に少しも間違いなく、信長公は大いに感心なさって蘭丸への恩寵はなおのことはなはだしいものになった。
総じて蘭丸は智恵があり、情も深く、近習の手本となるものに違いない、名誉多き美童である。


《メモ》
忠時:岡山藩士・斎藤忠時。この『木村咄』の著者の一人。
郷人(きょうじん):同郷の人。故郷の人。村人。
反間(はんかん):間者。間諜(かんちょう)。スパイ。
如何(いかん):なぜ。どうして。
五音(ごいん):声の調子。トーン。
分明(ふんみょう):明らかなこと。
設(しつらへ):用意。準備。(※「」の字は解読ミスかもしれません。でも、他に候補の字が浮かびません。)
:「将」は解読ミスかも…次の候補が「敵役」です。
さげすみ:物事を推し量ること。推察。
原文が「さけすみ」だったので、蘭丸が蔑(さげず)んでいるのか…どんな表情で?と思ったらそうじゃなかった、「さげすみ」でした!!大工が墨のついた糸を垂らして柱なんかの垂直を測る”下墨(さげすみ)”が由来の言葉だそうです。今はほとんど使われていない難しい言葉ですね。)


現代語訳は読みやすいように言葉を補いつつ訳してみました。
何かお気づきの点やご指摘がございましたら(気が小さいのでできれば優しい言い回しで)お知らせください。

蘭丸の知性は本物ですね!!しかもやさしい(まんまん)!!しかも最後にさりげなく美童とか書かれてる!!

なお、似たような話が『森家先代実録』にも掲載されています。
そう何度もある出来事ではなさそうですし、きっと元来は同じ話ですよね。(;´Д`)。
現代語訳ですが、興味のあられる方々は蘭丸の逸話のページの『■人を見抜くチカラ。』の項目をご参照ください。
09/20|逸話の原文(森蘭丸)コメント(2)TOP↑
以前このブログで紹介した問題(森蘭丸の未知の逸話なのに古文書が破損しすぎて何と書いてあるのかわからない悲劇)が解決したのでご報告です。

参考ページ
木々寸物語 ~蘭丸君の世にたえなるお姿より~

この『木々寸物語』の著者ではないかとされるのが、江戸中期の岡山藩士(池田家家臣)・斎藤忠時さんです。
彼の別の著作本である『木村咄』(きむらばなし・宮内庁書陵部所蔵)には、この蘭丸の逸話も掲載されていました。
(※宮内庁書陵部庁舎までおでかけして内容を確認してお知らせくださったT様には本当にお世話になりました。)
そして、『木村咄』のもう一人の著者が木村昌明さん。
この人物は森家のお話満載の『武家聞伝記』の作者でもある森家の家臣です(津山森家~赤穂藩森家時代)。
どういったいきさつでこの『木々寸物語』と『木村咄』の2冊が成立したのかはよくわかりませんが(書いてなかった)、内容からするにこの2人が調査して知った話(本能寺の変から長久手の戦いにいたるまでの詳細)を書き出してまとめたもののようです。
(※なお『木々寸物語』は、『木木寸物語』→『木村物語』というように、タイトルに木村昌明が暗示されているようです。このことに気づいてご教示くださった名探偵T様には本当に、本当にお世話になりました。)

まずは、その新たにわかった森蘭丸の逸話の内容をお伝えします。
なお、句読点は管理人の判断でほどこしました。



《原文》
一、森武州長可濃州金山在城、舎弟蘭丸長定同居、金山のある町人の娘煩出し今を限の時密に云、恥かしけれとも命限なれハ申す、扨も不及事なれとも蘭丸君の世に妙なる御形乍余所見参らせ何となく暁の衾の上、宵の御枕の下床敷たハれたる心にや是又人に語るなと打伏たり折節蘭丸野へ出給ふ道にて聞之、小鷹を据、彼町人の家に入給ひ女の伏所へ入、まんまんと呼給へハ、顔持ち上て息の下よりあつと答ふ、煩早クよくなれ我必す汝をて遣(使)、又頓てとて帰給ふと一同に死入しとそ、此女名をまんと云しとそ、此蘭丸長定ハ森三左衛門可成の次男十五にして信長公に仕へ恩寵他に異也、濃州岩村五万石の城主たり、若手にして勇智あり、本能寺の逆乱に死ヲ先にして名を残す


《読み下し文》
一、森武州長可、濃州金山在城、舎弟蘭丸長定同居。金山のある町人の娘煩(わずらひ)出し今を限りの時密(ひそ)かに云、恥かしけれども命限りなれば申す、扨(さて)も及ばざる事なれども蘭丸君の世に妙なる御形、余所(よそ)ながら見参らせ何となく暁の衾(ふすま)の上、宵の御枕の下ゆかしくたはれたる心にや、是又人に語るなと打ち伏したり折節蘭丸野へ出給ふ道にてこれを聞き、小鷹を据え、彼町人の家に入り給ひ女の伏所へ入り、まんまんと呼び給へば、顔持ち上げて息の下よりあつと答ふ。煩早くよくなれ我必ず汝をて遣(使)、又頓(やが)てとて帰り給ふと一同に死入しとぞ。此(この)女名をまんと云しとぞ。此(この)蘭丸長定は森三左衛門可成の次男十五にして信長公に仕へ恩寵他に異なり、濃州岩村五万石の城主たり、若手にして勇智あり、本能寺の逆乱に死を先にして名を残す。


《メモ》
濃州:美濃国
余所(よそ)ながら:遠く離れていながら
衾:ふすま、よぎ、ねまき。昔スタイルの掛け布団。
床敷:ゆかしく。心ひかれる、慕わしい。
たはる:色恋におぼれる
小鷹を据え:小鷹を拳(こぶし)の上にとまらせる。
伏所(ふしど):寝所。ねどこ。
手遣(てづかい):手はず。手配。(もしかすると別の意味の言葉かも知れません。)
次男:蘭丸さんは次男じゃなく、三男です。(早くに討死した長男・可隆を無視して蘭丸が次男としてカウントされることは古文書においてよくあります。)



現代語訳はまた次回ご紹介します。
実は細かい部分の解釈に悩んで手こずっているのであります(私の力不足です…)。
この逸話の内容を簡単に説明すれば、森蘭丸を遠くから見て恋に落ちてしまった金山の町娘「まん」が死にかけていて、それを聞き知った蘭丸(with 小鷹)がお家まで行って寝室にあがりこんで「まん」を見舞ってあげた話です。

「まん、まん、わずらい早くよくなれ。」

森蘭丸はとても優しい青年です。


08/29|逸話の原文(森蘭丸)コメント(4)TOP↑
博多では7月になると博多祇園山笠というお祭りで盛りあがります。
詳しい内容はこちらの公式サイトをご参照ください。

博多祇園山笠公式サイト
http://www.hakatayamakasa.com/

で、
今年(2017年)の一番山笠・中州流れの飾り山の見送りが
「本能寺の変」でしたので、撮影してきました。

20170703a.jpg

飾り山のてっぺん付近に配されたお人形は正親町天皇でいらっしゃいます。
本能寺で奮戦する織田信長と森蘭丸のお人形さんと、それに対するは斎藤利三と明智惟任日向守光秀だそう。
現地の説明書きを丸写ししました(↓)。


本能寺の変
人形師:中村 信喬
天正十年六月二日(一五八二年六月二十一日)の早朝、京都本能寺に宿泊していた織田信長が、家臣明智光秀により襲撃された事件である。場面は、当時の正親町天皇(おおぎまちてんのう)を最上段に配置して、織田信長が弓を手にして立ち、小姓の森蘭丸が刀を抜き放ち、明智家臣、斎藤利三(さいとうとしみつ)が今正に槍を構え信長を撃たんとする姿を中段に配置して、下段に明智惟任日向守光秀(あけちこれとうひゅうがのかみみつひで)が『敵は本能寺に有り』と言い采配を振っている姿を製作いたしました。



そして織田信長と森蘭丸のお人形さんのアップを撮影してみました。
織田方がこの二人なんていいチョイスですよね~。
蘭丸、小学生のように初々しい!!桃太郎さんみたいだぞ!ガンバレ!
おっしょい!おっしょい!!(山笠のかけ声)


20170703b.jpg

07/03|イベントコメント(0)TOP↑
プロフィール

うきき

Author:うきき
戦国に生きた森一族が大好きです。
いつか戦国武将・森長可の騎馬像を鋳造するのが夢です。

カレンダー
09 | 2018/10 | 11
- 1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 31 - - -
最新記事
最新コメント
月別アーカイブ
カテゴリ
タグ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
QRコード
QR
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。