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『麒麟がくる』の影響で、森蘭丸を討ったとされる「四王天又兵衛」のことが丹波地方(出身地)や福井地方でニュースにあがってくるようになりました。
福井県文書館に所蔵された史料で四王天又兵衛がらみで森蘭丸のことがでてきたのでここにリンクを紹介しておきます。


『諸士先祖由之記 二』
享保6年(1721)松平文庫

四王天又兵衛政実
『天正十年平信長公御生害之砌森蘭丸長康ヲ討取』と書いてあります。(↓掲載ページ 福井文書館サイトに移動します)
https://www.library-archives.pref.fukui.lg.jp/archive/da/detail?data_id=011-1033092-1-p19

(以下、福井県文書館より引用)
「諸士先祖由之記」 享保6年(1721)
松平文庫(当館保管)
享保6年(1721)、福井藩主・松平吉邦の命を受け、中級以上の藩士が提出した先祖由緒書を集成したものです。
四王天家の元祖・又兵衛政実は明智軍に属し、本能寺の変で信長の小姓・森蘭丸を討ち取ったとしています。
(引用終了)




その他 福井文書館サイト様 記事へのリンク

『越前と明智光秀 -"伝承"をたどる-』
展示箇所は、光秀方の安田作兵衛と信長方の森蘭丸との戦闘場面で、この後左手から登場した四王天又兵衛が蘭丸の首を取りました。
https://www.library-archives.pref.fukui.lg.jp/fukui/08/2019exhb/202001m/20200124m.html

光秀と四王天家
https://www.library-archives.pref.fukui.lg.jp/fukui/08/2019exhb/202001m/4.pdf

『文書館ふくい』no.118
https://www.library-archives.pref.fukui.lg.jp/bunsho/file/611013.pdf
■えっ?あの舟橋役の家が!?■
四王天又兵衛政実は、本能寺の変において、明智光秀方として織田信長方と戦い、信長方の小姓森蘭丸を討ち取ったといわれています。



「ちょ、ちょっと待ってよ。
森蘭丸を討ったのは安田作兵衛さんだよ!
ぼく、ちゃんと見てたもん!!」

とおっしゃる方もいらっしゃると思います。
私もそう認識しているのですが、史料的価値の低い『絵本太閤記』に四王天又兵衛が登場します。(ほかにも出てきたらご教示ください)

20200430a.jpg

『絵本太閤記』に登場する『森蘭丸討死の図』です。
まさに森蘭丸が安田作兵衛の股間に鑓を刺さんとする瞬間です。
この画面左手にいるのが四王天又兵衛です。赤丸で囲んだヤツがそうです。森蘭丸に向って走り寄ってきています。嫌な予感しかしません。
絵本太閤記のこの場面の内容を軽くご紹介しておくと、

【前回までのあらすじ】
明智光秀の本能寺襲撃で織田信長も森蘭丸も大ピンチ!明智の三羽ガラスと呼ばれた安田作兵衛が、しつこく信長を攻撃してくるよ。それに怒りしんとうで安田作兵衛に雷を落としたのが森蘭丸だったんだ。森蘭丸は、「森蘭丸を見知ったるか!」と背後から作兵衛に鑓をくりだしたんだよ。

【『森蘭丸討死の図』ダイジェスト現代語訳】
森蘭丸と安田作兵衛との戦闘で作兵衛は後ろ飛びで庭に飛んだら溝にあおむけに落ちてしまった、すかさず蘭丸は作兵衛に鑓を突き下ろした。
作兵衛はその刺された鑓に取り付いて起き上がり抜いた刀で森蘭丸に切りかかった。
素肌姿の蘭丸は両足を切り取られてしまった。そして四王天又兵衛、満を持しての登場です!

素肌の蘭丸両足を切落され
哀れむべし大剛の勇士
枯木を倒すごとくとふど転ぶを
四王天又兵衛 走寄(はしりよ)りて首を取りけり




つまりは、真偽はともかくこの内容によれば
安田作兵衛が森蘭丸を倒した後に
四王天又兵衛が駆け寄ってきて蘭丸の首を取った!!

ということのようです。
安田作兵衛が「俺のやろが!!!」とか怒らなかったのでしょうか?
歴史は黙して語りません。
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04/30|森家コメント(0)TOP↑
国立国会図書館デジタルコレクションに『寛政重修諸家譜』の写本が掲載されていたので、
「巻第百二十六 義隆流 森」
「巻第百二十七 義隆流 森」
が掲載されている第三十冊をリンクしておきますね。

『寛政重修諸家譜 第三十冊』義隆流 森家
http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/2577322/1

森可成についての記載ページ

森可隆・長可(長一)についての記載ページ

森蘭丸・坊丸・力丸についての記載ページ

森忠政についての記載ページ

20191205a.jpg
※この画像は国立国会図書館ウェブサイトから転載したものです。
12/05|森家コメント(0)TOP↑
今年も博多祇園山笠の時期がやってきました。
千代流(ちよながれ)の飾り山が本能寺の変を標題にしたものだったので見に行きました。


全体的な飾り山の画像です。
森蘭丸が鑓を奮って敵の安田作兵衛を突き落としています。

20190706a.jpg

看板に書いてあった飾り山の説明


一番山笠 千代流
飾り山 見送り 時今也桔梗旗挙(ときはいま ききょうのはたあげ)


戦国の世に「天下布武」を唱え天下統一を目指した織田信長、家臣を縦横無尽に動かし東へ西へと領土を拡げていきました。特に羽柴秀吉と明智光秀に対しては、彼らの際に期待するあまり過酷なまでに駆使していました。
ついに耐えられなくなった光秀は謀反を決心し、信長が百人程の家来と京の本能寺に宿泊しているところを急襲、奮戦する小姓の森蘭丸らを打ち破り、信長を自害させました。
その時の光秀の家臣、安田作兵衛と森蘭丸の一騎打ちは古来より有名です。また、上部の紫の衣装の光秀は歌舞伎「馬盥(ばたらい)」で謀反を決心する場面です。



本能寺で奮戦する森蘭丸と織田信長。
炎が燃え盛っております。
信長の視線が森蘭丸に向かっているのがいいですね。
『儂(わし)よりマジ怒ってる…』
20190706-b.jpg

怒髪冠を衝く、な勢いの森蘭丸。
20190706-c.jpg



博多祇園山笠公式サイト
https://www.hakatayamakasa.com/
【飾り山笠】 一番山笠 千代流
https://www.hakatayamakasa.com/105948.html
07/07|イベントコメント(0)TOP↑
自分用メモです。
このお話は書籍で一回きりしか目にしたことがないのですよね…。



安土の亡霊

本能寺の変の際、信長は白の一重といういで立ちで鑓をふるい、明智方と戦ったが、かつて安土城が聳え立っていた滋賀県安土町の城跡などには、白の一重で鑓をふるう信長の亡霊が現れるとされる。また、城跡には白蛇が棲むとも喧伝されるが、これは本能寺の変で横死した小姓の森蘭丸長定に恋い焦がれた娘が、白蛇に化身したものとされ、信長の亡霊や白蛇を目にした者には祟りがあるという。



『別冊歴史読本82 一族シリーズ 織田一族のすべて』(新人物往来社 1998年8月27日発行)
「織田一族の伝説」より引用





05/08|メモコメント(0)TOP↑
この記事は、以前ご紹介した逸話
蘭丸君の逸話「まん、まん」 その1 
の続きの記事になります。原文はそちらの記事でご確認ください。


現代語訳は下方にあります。
くどくどとした前置きがお嫌いな方は、下のほうまでスクロールしてご覧ください。
↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓

(くどくどとした前置き)
細かい解釈に色々ととまどってしまい、現代語訳が遅くなってしまいました。
原文の
『何(なに)となく暁の衾(ふすま)の上、宵の御枕の下ゆかしくたはれたる心にや』
『本能寺の逆乱に死を先にして名を残す』

の二か所の部分が特にわからず、どう訳したものか困っていたところです。
現役の高校教師(国語)の先輩にも教えを乞いつつ、なんとか結論を出しました。
『暁の衾の上、宵の御枕の下』という表現ですが、結局は他の文献での使用例を見つけることができませんでした。でも、言いたいことは『寝ても覚めても森蘭丸』『朝な夕な常に森蘭丸』っぽいことなのだろうというのはひしひしと感じます。
思うに当時のオサレな表現方法だったのでしょう。
あ、衾(ふすま)というのは昔スタイルの掛け布団のことでして、いわゆる部屋と部屋を仕切る建具である『襖(ふすま)』のことではありません。娘さんが襖(ふすま)を取り外して乗っかってクロールしながら「はぁあああああ、らんまるぎみ~」と、恋のサーフィンをしていた訳ではないのです。「まん」さんは、自分に芽生えた感情が「恋」という名のつくものであることをやっと自覚できたような、初々しく純粋な娘さんです。

『本能寺の逆乱に死を先にして名を残す』は、すごく単純な表現なのに解釈がわからなくて、私もふすまの上でジタバタとクロールしておりました(比喩)。
先輩によれば
「死を先にして(まず死んだことによって、その結果)名を残す」
という解釈だったので、この流れに身を任せてそのように訳すことにしました。
先輩にはお礼に源氏物語シールと仏像シールを差しあげました。(要らない情報)。

前置きが長くなってしまいましたが、現代語訳してみました。
訳がおかしいと思われる部分がございましたら、ご教示いただけるとありがたいです。
(くどくどとした前置き終了)



《訳文》
森武蔵守長可は濃州(美濃国)の金山に在城し、弟の蘭丸長定も同居している。
金山のある町人の娘が病気になり、臨終のときに密かに言う。
「恥かしいけれど最期だから申します。そうはいっても叶わぬことなのだけれど、私は蘭丸君(ぎみ)の世にも妙(たえ)なるお姿を遠くからだけども拝見して、なんとなく寝ても覚めても常にあの方が慕わしく感じられます、私は恋に浮かれる気持ちになっているのでしょうか。」
これもまた人に言わないでと言って横になる。
ちょうどその時、蘭丸は野へおいでになる道でこの事を聞いて、小鷹を手に据えてかの町人の家にお入りになり、娘が伏せっている所へ入って
「まん、まん。」
と、お呼びになれば、娘は顔を上げて息も絶え絶えに「あっ。」と答える。
蘭丸が
「早くよくなっておくれ。私は必ずお前の力になるよ。ではまたすぐに来るから。」
と言ってお帰りになると、娘はそれと同時に死んでしまったということだ。
この娘は名を『まん』と言うとのことだ。
この蘭丸長定は森三左衛門可成の次男で、十五にして信長公に仕え、その恩寵ぶりは他の者に異なった。濃州岩村五万石の城主となる。若手にして勇智があり、本能寺の逆乱で死に、それにより名を残した。


先輩:「これ、蘭丸が町娘にとどめを刺してない?」


ノン!
…これはあくまでも蘭丸の”情の深さ”を味わうべき逸話なのであります。
森蘭丸ってお人は驕(おご)ったところがまったくなく、身分が下の者に対しても本当に心優しく丁寧で、純粋な部分を持ちあわせた立派な若者なのだと、この逸話が教えてくれます。

11/25|逸話の原文(森蘭丸)コメント(0)TOP↑
プロフィール

うきき

Author:うきき
戦国に生きた森一族が大好きです。
いつか戦国武将・森長可の騎馬像を鋳造するのが夢です。

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