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国立国会図書館デジタルコレクションに『寛政重修諸家譜』の写本が掲載されていたので、
「巻第百二十六 義隆流 森」
「巻第百二十七 義隆流 森」
が掲載されている第三十冊をリンクしておきますね。

『寛政重修諸家譜 第三十冊』義隆流 森家
http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/2577322/1

森可成についての記載ページ

森可隆・長可(長一)についての記載ページ

森蘭丸・坊丸・力丸についての記載ページ

森忠政についての記載ページ

20191205a.jpg
※この画像は国立国会図書館ウェブサイトから転載したものです。
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12/05|森家コメント(0)TOP↑
今年も博多祇園山笠の時期がやってきました。
千代流(ちよながれ)の飾り山が本能寺の変を標題にしたものだったので見に行きました。


全体的な飾り山の画像です。
森蘭丸が鑓を奮って敵の安田作兵衛を突き落としています。

20190706a.jpg

看板に書いてあった飾り山の説明


一番山笠 千代流
飾り山 見送り 時今也桔梗旗挙(ときはいま ききょうのはたあげ)


戦国の世に「天下布武」を唱え天下統一を目指した織田信長、家臣を縦横無尽に動かし東へ西へと領土を拡げていきました。特に羽柴秀吉と明智光秀に対しては、彼らの際に期待するあまり過酷なまでに駆使していました。
ついに耐えられなくなった光秀は謀反を決心し、信長が百人程の家来と京の本能寺に宿泊しているところを急襲、奮戦する小姓の森蘭丸らを打ち破り、信長を自害させました。
その時の光秀の家臣、安田作兵衛と森蘭丸の一騎打ちは古来より有名です。また、上部の紫の衣装の光秀は歌舞伎「馬盥(ばたらい)」で謀反を決心する場面です。



本能寺で奮戦する森蘭丸と織田信長。
炎が燃え盛っております。
信長の視線が森蘭丸に向かっているのがいいですね。
『儂(わし)よりマジ怒ってる…』
20190706-b.jpg

怒髪冠を衝く、な勢いの森蘭丸。
20190706-c.jpg



博多祇園山笠公式サイト
https://www.hakatayamakasa.com/
【飾り山笠】 一番山笠 千代流
https://www.hakatayamakasa.com/105948.html
07/07|イベントコメント(0)TOP↑
自分用メモです。
このお話は書籍で一回きりしか目にしたことがないのですよね…。



安土の亡霊

本能寺の変の際、信長は白の一重といういで立ちで鑓をふるい、明智方と戦ったが、かつて安土城が聳え立っていた滋賀県安土町の城跡などには、白の一重で鑓をふるう信長の亡霊が現れるとされる。また、城跡には白蛇が棲むとも喧伝されるが、これは本能寺の変で横死した小姓の森蘭丸長定に恋い焦がれた娘が、白蛇に化身したものとされ、信長の亡霊や白蛇を目にした者には祟りがあるという。



『別冊歴史読本82 一族シリーズ 織田一族のすべて』(新人物往来社 1998年8月27日発行)
「織田一族の伝説」より引用





05/08|メモコメント(0)TOP↑
この記事は、以前ご紹介した逸話
蘭丸君の逸話「まん、まん」 その1 
の続きの記事になります。原文はそちらの記事でご確認ください。


現代語訳は下方にあります。
くどくどとした前置きがお嫌いな方は、下のほうまでスクロールしてご覧ください。
↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓

(くどくどとした前置き)
細かい解釈に色々ととまどってしまい、現代語訳が遅くなってしまいました。
原文の
『何(なに)となく暁の衾(ふすま)の上、宵の御枕の下ゆかしくたはれたる心にや』
『本能寺の逆乱に死を先にして名を残す』

の二か所の部分が特にわからず、どう訳したものか困っていたところです。
現役の高校教師(国語)の先輩にも教えを乞いつつ、なんとか結論を出しました。
『暁の衾の上、宵の御枕の下』という表現ですが、結局は他の文献での使用例を見つけることができませんでした。でも、言いたいことは『寝ても覚めても森蘭丸』『朝な夕な常に森蘭丸』っぽいことなのだろうというのはひしひしと感じます。
思うに当時のオサレな表現方法だったのでしょう。
あ、衾(ふすま)というのは昔スタイルの掛け布団のことでして、いわゆる部屋と部屋を仕切る建具である『襖(ふすま)』のことではありません。娘さんが襖(ふすま)を取り外して乗っかってクロールしながら「はぁあああああ、らんまるぎみ~」と、恋のサーフィンをしていた訳ではないのです。「まん」さんは、自分に芽生えた感情が「恋」という名のつくものであることをやっと自覚できたような、初々しく純粋な娘さんです。

『本能寺の逆乱に死を先にして名を残す』は、すごく単純な表現なのに解釈がわからなくて、私もふすまの上でジタバタとクロールしておりました(比喩)。
先輩によれば
「死を先にして(まず死んだことによって、その結果)名を残す」
という解釈だったので、この流れに身を任せてそのように訳すことにしました。
先輩にはお礼に源氏物語シールと仏像シールを差しあげました。(要らない情報)。

前置きが長くなってしまいましたが、現代語訳してみました。
訳がおかしいと思われる部分がございましたら、ご教示いただけるとありがたいです。
(くどくどとした前置き終了)



《訳文》
森武蔵守長可は濃州(美濃国)の金山に在城し、弟の蘭丸長定も同居している。
金山のある町人の娘が病気になり、臨終のときに密かに言う。
「恥かしいけれど最期だから申します。そうはいっても叶わぬことなのだけれど、私は蘭丸君(ぎみ)の世にも妙(たえ)なるお姿を遠くからだけども拝見して、なんとなく寝ても覚めても常にあの方が慕わしく感じられます、私は恋に浮かれる気持ちになっているのでしょうか。」
これもまた人に言わないでと言って横になる。
ちょうどその時、蘭丸は野へおいでになる道でこの事を聞いて、小鷹を手に据えてかの町人の家にお入りになり、娘が伏せっている所へ入って
「まん、まん。」
と、お呼びになれば、娘は顔を上げて息も絶え絶えに「あっ。」と答える。
蘭丸が
「早くよくなっておくれ。私は必ずお前の力になるよ。ではまたすぐに来るから。」
と言ってお帰りになると、娘はそれと同時に死んでしまったということだ。
この娘は名を『まん』と言うとのことだ。
この蘭丸長定は森三左衛門可成の次男で、十五にして信長公に仕え、その恩寵ぶりは他の者に異なった。濃州岩村五万石の城主となる。若手にして勇智があり、本能寺の逆乱で死に、それにより名を残した。


先輩:「これ、蘭丸が町娘にとどめを刺してない?」


ノン!
…これはあくまでも蘭丸の”情の深さ”を味わうべき逸話なのであります。
森蘭丸ってお人は驕(おご)ったところがまったくなく、身分が下の者に対しても本当に心優しく丁寧で、純粋な部分を持ちあわせた立派な若者なのだと、この逸話が教えてくれます。

11/25|逸話の原文(森蘭丸)コメント(0)TOP↑
蘭丸君の逸話「まん、まん」 その1 (『木村咄』より) の続き(現代語訳)を書く前に寄り道です。

今回は、前回ご紹介した古文書『木村咄』に載っていた森蘭丸の逸話を自信なくおおくりいたします。
私の力量不足で何と書いているのか判読し難いくずし字が2文字(「」「」)ありましたので、そこは赤文字にしてあります。要注意です。
間違っているかもしれないな、バーローと思いつつお読みください。


《原文》
一、忠時云、或時信長公味方郷人をして敵を謀給ふ事有、郷人敵の様子を語る、蘭丸傍ニて聞之、此郷人敵に被謀反間二なる物成へし、古老の士如何と云、蘭丸云、彼カ常に云所片言交り能物云也、敵地の様子を云処ハなまりの五音ハ一つにして言語の続ハ分明也、是もなき敵に謀を云放る所を其侭説ク物なるへし、是二心付て彼郷人を攻問へハ蘭丸さけすみに毛頭無違、信長公大に被感恩寵猶甚し、惣て蘭丸ハ智恵有て情の色深く近習の手本とも可成、名誉多き美童也




《読み下し文》
一、忠時云(い)ふ、或る時、信長公味方郷人をして敵を謀(はか)り給ふ事あり、郷人敵の様子を語る、蘭丸傍(かたわら)にてこれを聞き、此(この)郷人、敵に謀られて反間(はんかん)になる物なるべし、古老の士如何(いかん)と云ふ、蘭丸云ふ、彼が常に云ふ所片言交り能(よ)き物云(ものいい)なり、敵地の様子を云ふ処はなまりの五音は一つにして言語の続きは分明(ふんみょう)なり、是(これ)設(しつらへ)もなき敵に謀(はかりごと)を云ひ放たる所を其侭(そのまま)説く物なるべし、是に心付けて彼(か)の郷人を攻め問へば蘭丸さげすみに毛頭違い無く、信長公大いに感じられ恩寵猶(なほ)甚(はなはだ)し、惣(そうじ)て蘭丸は智恵有りて情の色深く近習の手本ともなるべし、名誉多き美童なり

《現代語訳》
斎藤忠時が言うには、
ある時、織田信長公は味方の郷人(ここでは敵地の民のこと?)を使って敵を欺きになられる事があった。郷人は敵の様子を語った。蘭丸はかたわらでこれを聞いて
『この郷人は敵に謀られて間者(スパイ)になった者に違いありません。』
と言った。
古老の武士は『どうしてだ。』と言った。
蘭丸が言った。
『あの者が普通のことを言っている部分は訛(なま)りがまじって達者なものいいです。敵地の様子をいう部分になると訛りの調子が一辺倒でありながら言語の続きははっきりとしています。これは準備もなかった敵将から謀(はかりごと)を言い放たれた部分を言われた通りの言葉のまま説明しているに違いありません。』
この言葉に配慮してその郷人を詰問すると、蘭丸の推量に少しも間違いなく、信長公は大いに感心なさって蘭丸への恩寵はなおのことはなはだしいものになった。
総じて蘭丸は智恵があり、情も深く、近習の手本となるものに違いない、名誉多き美童である。


《メモ》
忠時:岡山藩士・斎藤忠時。この『木村咄』の著者の一人。
郷人(きょうじん):同郷の人。故郷の人。村人。
反間(はんかん):間者。間諜(かんちょう)。スパイ。
如何(いかん):なぜ。どうして。
五音(ごいん):声の調子。トーン。
分明(ふんみょう):明らかなこと。
設(しつらへ):用意。準備。(※「」の字は解読ミスかもしれません。でも、他に候補の字が浮かびません。)
:「将」は解読ミスかも…次の候補が「敵役」です。
さげすみ:物事を推し量ること。推察。
原文が「さけすみ」だったので、蘭丸が蔑(さげず)んでいるのか…どんな表情で?と思ったらそうじゃなかった、「さげすみ」でした!!大工が墨のついた糸を垂らして柱なんかの垂直を測る”下墨(さげすみ)”が由来の言葉だそうです。今はほとんど使われていない難しい言葉ですね。)


現代語訳は読みやすいように言葉を補いつつ訳してみました。
何かお気づきの点やご指摘がございましたら(気が小さいのでできれば優しい言い回しで)お知らせください。

蘭丸の知性は本物ですね!!しかもやさしい(まんまん)!!しかも最後にさりげなく美童とか書かれてる!!

なお、似たような話が『森家先代実録』にも掲載されています。
そう何度もある出来事ではなさそうですし、きっと元来は同じ話ですよね。(;´Д`)。
現代語訳ですが、興味のあられる方々は蘭丸の逸話のページの『■人を見抜くチカラ。』の項目をご参照ください。
09/20|逸話の原文(森蘭丸)コメント(2)TOP↑
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うきき

Author:うきき
戦国に生きた森一族が大好きです。
いつか戦国武将・森長可の騎馬像を鋳造するのが夢です。

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